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「干支(えと・かんし)」に関して…

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年は「午年」だ。しかも60年に一度の「丙午(ひのえうま)」である。そこで今回は「干支」について書いてみた。「干支」とは「十干(じっかん)」と「十二支(じゅうにし)」の組み合わせから成る、一種の「暦」である。

十干①
甲(きのえ)・乙(きのと)…木
丙(ひのえ)・丁(ひのと)…火
戊(つちのえ)・己(つちのと)…土(=地)
庚(かのえ)・辛(かのと)…金
壬(みずのえ)・癸(みずのと)…水    

十干②< >内は西暦下1ケタ
甲(こう)<4>・乙(おつ・いつ)<5>
丙(へい)<6>・丁(てい)<7>
戊(ぼ)<8>・己(き)<9>
庚(こう)<0>・辛(しん)<1>
壬(じん)<2>・癸(き)<3>

十二支
子(ね)・丑(うし)
寅(とら)・卯(う)
辰(たつ)・巳(み)
午(うま)・未(ひつじ)
申(さる)・酉(とり)
戌(いぬ)・亥(い)

日本史で「壬申(じんしん)の乱<672>」だの「戊辰(ぼしん)戦争<1868>」だのという事件を習う。世界史でも「辛亥(しんがい)革命<1911>」などは有名だ。「壬申」は「みずのえ・さる」だし「戊辰」は「つちのえ・たつ」、「辛亥」は「かのと・い」となる。因みに子(ね)・丑(うし)・寅(とら)…だけを指して「えと」と表現しているようだが、これは間違い。「えと」と言えば「十干」も含む。10の「干」と12の「支」の組合せで60種類の年を表現できるようになっている。10×12で120…ではない。60だ。左列と右列の組み合わせは無いからだ。甲と子で「甲子(きのえ・ね/こうし/かっし)」から始まり「乙丑(きのと・うし)」⇒「丙寅(ひのえ・とら)」と続く。「甲子」に還ってくるのは60年後。故に60歳を「還暦」というのである(因みに120歳を『大還暦』と言い、人の寿命の限界とされる)。ではこのスタートとなる「甲子」の年はいつなのか? それは20世紀では1924年(大正13年)と覚えておけばいい(1923年が関東大震災)。阪神甲子園球場はこの年に完成したことからこの名がついた。故に落成は「ねずみ」年。いくら「阪神」でも「とら」年ではないので念のため。また「丙午(ひのえうま)生まれの女性は男を食い潰す」などともよく耳にする。「ひのえ」は「火」の「兄」であり「うま」は「逆らう」を意味する(太陽の『南中』の意…とも)。「こりゃ最悪だ!」と考えたものか、この年は60年に一度、出生率が激減する。1966年に生まれた女性芸能人を調べてみるのも面白い。なかなか凄いメンツである(笑)。

まずは「十二支」だ。早速ここで「クエスチョン!」。「子(ねずみ)」と「午(うま)」は何歳離れているでしょう? 答は6歳だ。十二支ではちょうど反対側に位置するのがこの2つの「星座」なのだ。「ね・うし・とら…」などと、いちいち指を折って数える必要はない。「星座」などとついおかしな表現を使ったが、十二支は英語では「チャイニーズ・ホロスコープ(中国の占星術)」と言う。ではここで瞬時に算出できるコツを教えよう。「デジタル」ではなく「アナログ」で考えることだ。12星座を「時計盤」上に投影するのだ。まずスタートは真北。これが「子(ねずみ)」である。反対の真南は「午(うま)」だ。地球を南北に貫く線(経線)を「子午線(しごせん)」と呼ぶのはこのためだ。「午」は時刻にも用いられる。「午前」「午後」は、「午の刻(12:00)より前」「午の刻より後」の意味である。また「丑寅(うしとら)=艮」は、時計でいえば1時と2時の方角にあたる。所謂「鬼門」である。昔の人は、この方角から「邪悪な鬼」が入ってくると恐れた。比叡山・延暦寺が桓武天皇により王城鎮護の道場とされたのも、この山が京都から見て東北(丑寅)の方角にあるからだ。同様に、江戸の町を守る為に東叡山・寛永寺がある。「東叡山」即ち「東の比叡山」である。東北に住む人々を蝦夷(えみし)と恐れ、朝廷が討伐対象としたのも、鬼が牛の角を生やし、虎柄のパンツをはいているのもこのためだ。あとは自分の「星座」、その反対側の「星座」、親兄弟やら知己(き)友人の「星座」などを円盤上にプロットしてみればいい。120度開いていれば4歳(もしくは8歳)差だと瞬時に分かる。

「十二支」も通常の漢字と異なり厄介だが、まだ何とかなる。問題は「十干」だ。人目見て拒絶反応を起こした人もいるだろう。だがここが思案のしどころだ。どんな学問でも同じだが、壁にぶちあたったら「どうしてそうなったの?」と考えることだ。では改めて「十干①」の表を見て欲しい。もうお分かりだろう。すべてに「のえ」「のと」がついている。「え」は「兄」。「橘諸兄(たちばなのもろえ)」や「蘇我赤兄(そがのあかえ)」などが思い浮かぶが、何といっても有名なのは「中大兄皇子(なかのおおえのおうじ・みこ=天智天皇)」であろう。一方「弟(おとうと)」は「おと」から「と」と読む。「弟橘媛(おとたちばなひめ)」などがいる。「えと」は「兄(え)弟(と)」に由来する…とも。問題は下線の部分だが、これも木・火・土・金・水に各々対応していることはすぐに分かる。「木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、さらに水から木が生じる・・」という循環思想(陰陽五行説)だ。5つの要素がそれぞれ陽(兄)と陰(弟)2つずつあり、合計で10個となるわけだ。注意すべきは「火」と「金」だ。漢字に慣れた我々は「火」をつい「か」、「金」を「きん」で「き」と読んでしまうが、「火」は「ひ」、「金」は「かね」だから「か」と読まなくてはならない。あとはこの順番をどう覚えるか…だが、「土」を「土星」から「地球」に置き換えれば、「太陽系の惑星とちょうど逆の順番」になっていることに気付くはずだ。「地」は「ち」と読むが「つち」とも読む。「日本書紀」の冒頭部分も「古(いにしへ)に天地(あめつち)未だ剖(わか)れず…」で始まる。念のため音読みも「十干②」に併記した。「こう・おつ・へい・てい・ぼ・き・こう・しん・じん・き」と暗唱するといい。

甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)までは問題あるまい。戦前の通信簿はこれで記載されていた。戊(ぼ)は「戊辰戦争」の「ぼ」。己(き)は「克己(こっき)」や「知己(ちき)」。庚(こう)は「康」に似ているし、辛(しん)は「辛抱」の「しん」。「辛亥革命」の「しん」だ。壬(じん)は「壬申の乱」の「じん」だが、任(にん)と関係づけてもいい。癸(き)は「一揆」の「き」から類推できる。これですべて「音読み」でも読める。最後に<  >内に数字を載せた。これは西暦に直した場合の1の位の数である。10個の要素が循環を繰り返すから、十進法である西暦とサイクルは同じだ。従って「甲」の年は西暦に直すと必ず1の位は「4」になる。自分の生まれた年を西暦に直し、真の意味での「えと」を算出してほしい。筆者は1958年の戌年生まれであるから、「戊戌(つちのえいぬ・ぼじゅつ)」である。「戊戌の政変」は、ちょうど60年前だとわかる。1958-60=1898だ。これでうっかり忘れても逆算できる。自分と同じ干支の人物を歴史上から拾ってみるもの面白い。因みに筆者と同じ「戊戌」の年の生まれは「中岡慎太郎(120年前)」・「前田利家(420年前)」・「足利義満(600年前)」・「平清盛(840年前)」・「坂上田村麻呂(1200年前)」などがいる。すべて60の倍数になっている。人を干支で覚えておくと、計算が実に便利である。是非やってみて欲しい。

最後に面白い話をしよう。徳川家康(松平竹千代)が生まれたとき「寅年・寅の日・寅の刻に生まれたから勇敢な武将になるぞ!」と、家臣たちが大喜びしたという記述が、山岡荘八著「徳川家康」に見られる。実際家康は寅年だが、いささか興味を持ったので他の武将たちも筆者は暇に飽かせて調べてみた。結果は非常に興味深いものだった。リーダー・タイプは「午年」「寅年」が圧倒的に多い。「亥年」がこれに続く。「午年」は織田信長、聖徳太子、黒田官兵衛、近藤勇、唐の太宗、清の康熙帝、楠木正成、近くは田中角栄、中曽根康弘、小泉純一郎、小沢一郎、安倍晋三などがいる。「寅年」は家康の他、上杉謙信、吉田松陰、大久保利通、秦の始皇帝、漢の高祖、藤原道長、孫文、近くは吉田茂など、まさに「綺羅星の如し」だ。「歴史上の人物なんて沢山いるだろ!」と仰る方もいるだろう。そこで筆者が若い頃所属していた某空手流派のチャンピオン30名をリストアップし「干支」を調べてみた。すると「午年(30%)」「寅年(20%)」「亥年(20%)」と出た。この3星座だけで、何と全体の70%を占める。これはもう「有意差」などという生易しい代物ではない。また「あなたは寅年だから強くなれるわよ!」と励まされたからだ…という意見もある。そこで「干支」など見たことも聞いたこともない欧米・中東のリーダーたちを世界の歴史から60名、思いつくままリストアップして調査した。結果は同じ。午年(21.7%)・寅年(18.3%)・亥年(15%)・合計(55%)であった。尚比較のため「僧侶」も日本史上から12名ピック・アップして調べたが全く相関関係は見られず、12星座すべてに分散した。学問・芸術の分野で調べれば、また全く違った結果が出るだろう。因みに空海は「寅」、日蓮は「午」である。「さもありなん…」といったところか。この二人は武将として生まれても成功しただろう。今の受験生諸君は、我々の時代とは比べ物にならないくらい英語ができるようになっている。だが肝心の「日本人の心」を忘れてしまっては元も子もない。筆者はイギリス滞在中、「おいマサ!チャイニーズ・ホロスコープについて教えてくれ!」と授業中聞かれて困ったことがある。この程度の教養は、学校でしっかり教えておいて欲しいものだ

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