茗渓予備校通信KIRI

2013年1月号

新年度を迎えて

「学ぶとはどういうことか」

去年の暮、佐々木毅(元東大総長)の『学ぶとはどういうことか』(講談社)という本を読みました。福沢諭吉の『学問のすすめ』を導きの糸にしながら自らの「学び」をたどる形で論は進んでいく。学ぶとは、①知る→②理解する→③疑う→④超える、という4つの段階をへて、現実社会を変えていく力となると読めます。

初等中等教育段階では、知識を習得する段階でお手本をめぐって議論しているわけにはいかないのが現実ではありますが、高校段階ぐらいではせめて「疑う」ぐらいの知的姿勢は持ちたい気がします。歴史の勉強で近現代の部分を大急ぎでさらっと終えてしまう学校が多いと聞きますが、むしろ近現代から学習して日本の歴史を逆に探求していったほうが「市民教育」としては実りが多いのではないでしょうか。与えられた知識を後生大事に受けたまわるだけでは生きた知識にならないと思います。

日本の現代社会を論じるのに、①グローバリゼーション、②少子化、③高齢化を抜きには考えられません。こうした事態が進行すれば、人口構成から見て老人社会になるのは当然のことで、選挙権の行使は圧倒的に老人の立場を重視する国政になりやすくなります。この格差を是正するために選挙権を少なくとも18歳ぐらいに下げることも検討すべきでしょう。「疑う」視点は身の回りにいくつでも見つけられます。

昨年はいろいろな人に出会いました。私の生活圏だけでなく、書物やテレビやネット社会のなかで、多彩な人々の営みに目を瞠りました。24歳より進行性筋ジストロフィーを発症、最後に残った頭脳だけで「ピンチの裏のチャンスを掴め」と説く春山満氏。アメリカの『ビジネスウイーク』誌でアジアの星25人に選ばれている。著名な言語学者のノーム・チョムスキーの英語を添削したミヨシ・サマオ(三好将生)など日本人は健在なり。