茗渓予備校通信KIRI

2018年 9月号

決め手は読解力

 『AIvs 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子著 東洋経済新報社)という刺激的な本を読んだ。著者は、いわゆる「東ロボくん」(ロボットは東大に入れるか)という人工知能プロジェクトを2011年度から主導し、最近このプロジェクトの終了宣言をした研究者である。いろいろ議論を呼んでいる著作であるが、学習のあり方を考えてみる必読の書だと思う。

 10年から20年後に、現在の職業の半分はAIにとって代わられるという有名なオックスフォード大学の調査がある。銀行の融資担当者、スポーツの審判、不動産ブローカー、レストランの案内係、保険の審査担当者などである。同じオクスフォード大学の調査で10年後20年後までのこる職業のトップ25には、以下のような職種が入っている。レクレーション療法士、危機管理責任者、歯科矯正士、栄養士、教育コーディネーター、小学校教師などなど。つまり、AIに不得意な、高度な読解力と常識、人間らしい柔軟な判断を要求される分野だ。

 東ロボくんが苦手の教科は、国語と英語だという(因みに数学は偏差値76ぐらいまでは到達している)。新井教授によれば、AIは「文節分け」「係り受け」(主述関係や修飾語被修飾語関係)や「照応解決」(指示語が何を受けているかなど)はかなり得意だが、「同義文判定」「推論」「イメージ同定」(文章と図形やグラフを比べて内容を読み取る能力)「具体例同定」(定義を読んでそれと合致する具体例を認識する能力)はきわめて不得意だそうだ。意味を理解しないAIでは後者の3項目はまったく歯が立たないという。

 この説明を読んで、私は英文読解で利用している、読解の7つ道具とかなり似ていることに驚いた。まず、意味の塊(センスグループ)をとらえスラッシュで分節化する。そして、主語と述語動詞、修飾語句(節)と被修飾語句(節)との関係、代名詞が何を指しているかを英語でとらえる、などなど。酷似している。

 ところで、不肖の息子の東大ロボくんは、「先日、岡山と広島に行ってきた」と「先日、岡田と広島に行ってきた」の意味の違いが理解できないそうだ。じゃあ、日本の中高生は以下の設問にどの程度正解できているのだろう。

問(係り受けの問題) 次の文を読みなさい。

仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアに主に広がっている。この文脈において、以下の文中の空欄に当てはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

オセアニアに広がっているのは(   )である。

①ヒンドゥー教  ②キリスト教  ③イスラム教  ④仏教

中学生の正答率が62%、高校生の正答率が72%だった。調べた745人の高校生が通っているのは進学率ほぼ100%の進学校だ。因みに、国語の苦手な東大ロボ君は正解した。その他、上の6項目にわたる調査の結果、中学生の半数は、教科書が読めていない状況だという。この現実に驚いた新井教授は、2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導し、地域の教育委員会や学校などと連携しながら「中学を卒業するまでに、各教科の教科書がよめる」運動に取り組んでいる。みなさんどう思います。